大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和44年(わ)651号 判決 1970年9月22日

被告人 衛藤乃允 外二九名

主文

被告人衛藤乃允および同春谷正雄を除くその余の被告人らを各懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日より一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人松本靖、同大竹増次、同門脇健一および同宇都正光に支給した分を除きその余は全部同被告人らの連帯負担とする。

被告人衛藤乃允および同春谷正雄はいずれも無罪。

有罪の理由

(事実)

被告人らはいわゆる全学連中核派の系列に属するものであるが、今次伊東市川奈において開催される第四回アスパツク閣僚会議は、アジアにおける軍事会議が真の狙いであり、日本をして再び戦争の惨禍に巻き込む危険ありとして、身を挺してこれを阻止すべく企図し、被告人らのうちある者は、他の同志と共に一団となつて川奈に乗り込まんとして、昭和四四年六月八日国鉄伊東駅まで到つたところ、この不穏な挙動をいち早く察知して警察機動隊に制せられ、同駅周辺において、両者衝突となり、その結果多数の学生が逮捕されて、学生集団は散り散りになつて引き上げたが、被告人ら始め同志の者は、なおも再挙を期して、横浜市港北区日吉にある慶応大学日吉校舎に一泊し、翌九日再び伊東駅に向おうとして、同志約三〇〇名と共に、全員日吉駅より伊東駅までの切符を買い求めて、横浜駅午前七時五九分発熱海行湘南電車に乗り込み、途中用意しておいた角材を入手するため、同列車が午前八時三〇分辻堂駅に到着するや、直ちに二〇〇名位の学生が下車し、うち五、六〇名はホームを駆け降りて線路伝いに同駅西口より約八〇米離れた場所に隠しておいた角材約二〇梱包を運び出し、これを又線路伝いに同駅ホームに持ち込んだのであるが、一方これに先立ち神奈川県警は、前日の被告人らの行動を重視し、翌九日伊東駅に至る沿線主要駅たる横浜、大船、藤沢、平塚、小田原の各駅には警察官七〇名宛を、その他の駅には一〇名内外を配置して警備に当らせ、さらに辻堂駅には他からの応援を合わせて四二名の警察官を配置していたところ、丁度そこへ前示の如く学生らが角材をホームに持ち込み、間もなく到着した後続の伊東行七二一M列車内へこれを搬入しようとしたため、これを制止せんとする警察官との間に激しい乱闘が行なわれるに至り、数において優勢なる被告人ら学生集団は、右警察官一〇数名に暴行傷害を加えつつ、右停車中の列車内へ長さ約一・八米太さ約四糎角のいわゆるゲバ棒と称する角材約一六六本を搬入し、右制止に遭いその場に遺留した角材九二本と乗り遅れ逮捕された被告人衛藤乃允を残したまま、残りの学生全員が再び乗り込み、右列車が午前八時四二分ころ同駅を発車するや、被告人ら学生集団は、直ちに第三号車内の一般乗客を他の車輛に移動せしめ、全員が第三号車内に立て籠り、途中小田原駅に至るまでの車中において、右ゲバ棒は学生各自の手に渡り、リーダー格の者より「機動隊が何時来るかも判らぬから闘う用意をしろ」と指示し、直ちに第三号車内の窓のカーテンを下ろし、且つ座席を取り外して窓側に立てかけて、警察官の規制に遭えば直ちに抵抗排撃するの用意を固め、ヘルメツトをかぶり、ゲバ棒を持ち、一部の者は覆面をするなどいわゆるゲバスタイルにて右第三号車内に集結し、もつて沿線警備の警察官の身体に共同して害を加える目的を以つて右角材を兇器として準備して集合したものである。

(証拠)(略)

(適条)

被告人らの判示各所為はいずれも刑法第二〇八条の二第一項罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号に該当するので所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人らを各主文の刑に処断しなお情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二五条を適用し本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に則り主文掲記のとおり被告人らに連帯してこれを負担させることとする。

(量刑の理由)

本件の量刑事由はすでに前記認定事実や後記弁護人の主張に対する判断等に徴すれば自ら明白であると思料されるが、念のため一応これを要約補足してみることとする。一般に傷害行為等に至る予備的段階である兇器準備集合罪は本来暴行傷害等に至る行為をその事前段階において規制せんとする犯罪の予防策のため設けられたものであるがその行為は単独犯行とは異なり、多数人が共同して兇器を持して犯行に及べば相手方に加える被害も甚大となる外これにより社会人心に困惑不安を醸すことも決して少なくないともいいうべく、本罪はこの面をも保護法益とする規定であると解すべきところ、本件の兇器は角材に過ぎぬとはいうものの被告人らの行為は公の交通機関たる国鉄の列車を利用して行なわれ、一般乗客に多大の困惑不安を与えたことも亦決して軽視出来ないところである。すなわち前示の如く辻堂駅においては数百名の学生集団が一時にどつと下車しうち五、六〇名が多数の角材をホームに持ち込みこれを列車に搬入せんとして混乱に陥入れ、このことが本罪の成立へと発展し、第三号車内の一般乗客を他に移動せしめて一車輛を占拠するが如きは全く常軌を逸し、一般乗客としても到底これを忍受し得ざるものといわざるを得ないのである。これは従来よく見受けられる学生集団が大学構内等においてゲバ棒を持つて警察機動隊との衝突により生起した如きものとは異なり、その犯情決して軽いとは云えないのである。しかしながら反面被告人らの行動も途中警察官の規制なくば無事伊東まで行きたいということで被告人側より警備警察官に対し積極的に加害行為に出でんとする意思はなく、したがつて小田原駅における警察官側の措置に細心の配慮があつたならば事態はかくまでに至らなかつたというべく、又本件行為は被告人らの単なる私利私慾より出でたものではなく、全く若者の純粋な動機と血気の結果とみるのが妥当であり、しかも被告人らにはいずれも前科がなく将来ある青年たることを思えば、これに懲役刑を以つて臨むのは止むを得ないとしても刑の執行を猶予するのが相当と考えた次第である。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らの各主張ならびにこれに対する当裁判所の判断は次の通りである。

一、公訴棄却の申立について。弁護人らは本件は公訴権濫用による起訴であり、すみやかに公訴棄却さるべきものであると主張する。すなわち本件で逮捕された者は、第三号車内の一四四名に及ぶが、これらの者の行動には、その間何等逕庭なきにかかわらず、そのうち被告人ら三三名のみを起訴し、その余の全員を不起訴処分に付したのは、起訴の基準に何等の合理性が認められず、検察官の恣意による公訴権の濫用という外はない。よつて刑事訴訟法第三三八条第四号に則り、起訴すべからざる本件を誤つて起訴したという公訴提起の手続に違背ありとして公訴棄却すべきものというのである。しかしながら、本件被告人らの犯行は、すでに認定事実に明らかな如く、起訴不起訴を決定する検察官の立場よりすれば、不起訴処分に付すべき軽微な事件とは看做し難く、検察官の本件起訴を不当として非難することは当を得ないのである。また一四四名中被告人ら三三名のみが起訴されたという理由のみでは、直ちに公訴権の濫用ありとして刑事訴訟法第三三八条第四号にいう公訴提起の手続に違背ありとは云い難く、弁護人らの右主張は、結局理由なしと云わねばならない。

二、憲法第二一条違反について。弁護人は、兇器準備集合罪のいわゆる大衆運動、特に本件の如きものへの適用は、表現の自由を事前に抑制するものであるから、憲法第二一条に違反すると主張する。すなわち兇器準備集合罪は、その成立過程からしても暴力団取締りが本旨であり、本件の如く学生の示威運動に対しての適用は慎重であらねばならない。然るに本件学生らがアスパツク会議開催反対のため、伊東市において平穏に集団示威運動をせんとするのを、予め牽制し予防検束として不法に角材を押収し、これに兇器準備集合罪の規定を故意に悪用するに至つたもので、まさに示威運動たる表現の自由を侵害したという外なく、憲法第二一条に違背しているというのである。なるほど表現の自由は、現代社会において特に尊重さるべき基本的人権の一つであり、これを故なく事前抑制することは許されないが、表現の自由とても権利そのものに内在する一定の制約のあることも亦明らかであり、特にその行使が犯罪行為となるような場合には、もはや憲法上保障される表現の自由の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。よつて兇器準備集合罪については、その立法趣旨からして、大衆運動への適用につき慎重であらねばならないとしても、その適用をすべて憲法違反と断ずることは出来ないのである。いま本件を前掲証拠に照らし考うるに、警察側は六月八日の伊東市における学生との衝突に際しては、学生らが多数の角材を持つて抵抗し、あまつさえ火焔びんをも携行していた事情を考慮し、翌九日の警備方針は、これら危険を伴うゲバ棒等は一切静岡県内に持ち込ませず、神奈川県内において規制することとし、これに抵抗すれば兇器準備集合罪で逮捕するというものであつて、その根底には角材はすべて兇器であると断定している節が窺われ、いささか警備の行き過ぎの感を免れないが、本件を具体的にみると、前認定の如く辻堂駅のホームに降りるや、不法にも改札口を避けて線路伝いに駅構外へ脱出し、附近に隠しておいた角材二百数十本を線路伝いに駅ホームに不法搬入し、強引に列車内へ持ち込もうとしたため、警察官がこれを制止せんとしたるも及ばず、ゲバ棒が百数十本列車内に積み込まれ、直ちに第三号車内の一般乗客を他の車輛に移動せしめ、被告人ら学生百数十名が第三号車内に集結して窓カーテンを下ろし座席シートを外して窓に立てかけ、各自ゲバ棒を持ち、ヘルメツト、覆面スタイルで第三号車内に立て籠り、警察官との衝突に備えたものであるから、すでにこの段階において兇器準備集合罪が成立していると認めざるを得ず、これを規制せんとした警察側の行動を憲法第二一条にいう表現の自由を侵害したものとは云い難く、弁護人の主張は理由がない。

三、加害目的および加害対象の存否について。被告人および弁護人らは、兇器準備集合罪が成立するためには、加害目的および加害対象を特定することが必要であるとするところ、被告人ら学生集団は、平穏裡に伊東市川奈においてアスパツク閣僚会議開催反対のデモを行うために出発したものであり、途中沿線の警察官および伊東川奈の警備警察官に加害するという如き意思は毛頭なかつたものであるから、本罪は成立しないと主張する。

なるほど兇器準備集合罪が成立するためには、特定の者に対し共同して害を加うる目的の必要なことは論を俟たないが、加害者において初めから加害対象を特定している場合のみならず、加害対象が高度の蓋然性をもつて予想し得られる場合も含むものと解すべく、又加害目的は加害者側に積極的意思を有する場合のみならず、相手方よりの加害に対する反撃の場合をも含むものと解するのが相当である。然るところ、被告人らのうちの多数を含む学生集団は、その前日たる六月八日伊東市内において警備警察官との間に乱闘を生じたのであり、当日も辻堂駅において、隠匿角材を列車内に搬入せんとして警備警察官に制止せられてこれと衝突し、劣勢なる警察官に十数名の重軽傷を負わせた事情や前記の如く第三号車内の一般乗客を排除して窓のカーテンを下ろし座席シートを外して窓に立てかけ各自ヘルメツト覆面にゲバ棒スタイルで全員立て籠つた点からみると、被告人らは伊東駅への無事到着を望んでいたというものの、反面途中駅において警察官の規制に遭うのが必至と判断し、これを排撃せんとする気構えであつたことが認められ、このことは車内におけるリーダー格の指示からも明らかである。然らば加害目的および加害対象の特定性がないという弁護人らの主張は採用の限りでない。

四、正当防衛の成否について。又被告人らは小田原駅においては、自分らの方より攻撃しかけたものではなく、警察官側より不法な先制攻撃を受けたため、止むなく防禦したに過ぎず、若し小田原駅における警察官の不法な行動がなかつたならば、小田原駅は何事もなく平穏に通過したであろうと主張する。そこで当公廷に顕出された諸般の証拠を綜合すると、辻堂駅における事件の通報をうけた警備本部は、小田原駅においてこれを規制すべく小田原警察署に命じて動員体勢を整え、被告人ら搭乗の列車が同駅に到着するや、直ちに第三号車を包囲して被告人らに対し角材を差し出すよう申し向けたところ、被告人らが第三号車内に立て籠つてこれに応じないため、止むなく機動隊長より窓硝子を破壊して車内に突入せよとの指示があつたことが認められ、これに伴い両者間に衝突が生じたのであり、機動隊側において、先に窓硝子を破壊したのではないかとの節が窺われ、被告人らがこれに反撃したともみられるのである。もつとも機動隊が被告人らより角材を取り上げんとする法的根拠につき、小田原駅警備の機動隊の大隊長ら数名の証言によると、ゲバ棒が兇器であるから任意提出を求めたものであり、これを求めた法的根拠は警職法第五条によるというのであるが、これによると、兇器準備集合罪の構成要件は何か、この兇器とは如何なるものか、又警職法第五条の解釈につき、甚だ曖昧にしてその理解に欠くるところなしとしないが、これを法的にみれば、前認定の如く、被告人らはすでに小田原駅到着以前の車中において兇器準備集合罪を犯しており、小田原駅においてこの兇器が現行犯逮捕と同時に押収されたとみるのが相当であり、ただ車中のことでもあり、一般乗客に迷惑をかけないよう出来るだけ平穏にその目的を達せんとして任意提出の形式を採つたもので、被告人らがこれに応じなかつたため、止むなくかかる強行手段に訴えたとみるのが妥当な解釈といえるのである。もつとも機動隊の措置としても、窓硝子を破壊するというような強引な措置に出る外適切な方法がなかつたとは云い切れず、この点機動隊側に遺憾の点なしとはしない。以上の次第であるから、被告人らが小田原駅において採つた行動は、正当なる防衛手段とはいえず、被告人らの主張は採用の限りでない。

五、角材の兇器性について。本件において警察官側の考えを証言等により推測すると、角材それ自体が兇器そのものであるかの如く思い込み、ゲバ棒が兇器であるから直ちに取り上ぐべきものとしている節もみられるが、そもそも兇器というものは、その物自体に何等の犯罪性が存せず、犯人の目的行為と関連せしめて始めて意味を有するのであつて、辻堂駅に角材を持ち込んだ段階において、すでに兇器準備集合罪が成立したかは未だ疑問の余地があり、この段階においては加害の目的対象が決定的とは断じ難いのであるから、同罪による逮捕、押収というのは、いささか尚早の感ありと云わねばならない。ただし被告人らの前認定の如き車中における行動をみるに至つてはじめて同罪の成立が認められるというべく、したがつて、この段階において右角材は兇器とみなし得られ、小田原駅において右角材を兇器準備集合罪の兇器として押収したことは何等不当とは云えないのである。

無罪の理由

一、被告人衛藤乃允に対する無罪理由について。同被告人に対する公訴事実(起訴状記載の分引用)によれば、被告人は前認定の如く、六月九日国鉄辻堂駅における警備警察官と学生集団との乱闘の際、同被告人は単独にて右警備警察官のうち二人に対し、二回にわたり投石し、以つて公務の執行を妨害したというのである。しかして当公廷に顕われた各証拠によると、同被告人は右学生集団の一員として熱海行列車に乗り込み、同一行動を採り来つたとみるのが相当であるが、辻堂駅において皆と共に下車した後の行動は判然とせず、警備警察官らと乱闘に至つたとみる証拠もなく、いわゆるゲバ棒を列車内に持ち込む行動に出たことも認められず、他の学生集団が後続列車に全員乗り込んだのにも拘らず、同被告人一人のみが乗り遅れて、警察官に追われ、ホーム端にて逮捕されたものであることは、被告人自ら認めるところであり、他の証拠と照らし明らかなところである。しかしながら、起訴状記載の如く被告人が線路上に降りて警備警察官に投石したことは、被告人の強く否認するところであり、当時現場にいた警察官西内徹一人が、当公廷において投石の事実を目撃したというに過ぎず、他にこれを裏付ける証拠は存しない。そこで右証人の証言によると、同人がホーム上にて警備中、線路上にいた被告人が、線路上に警備中の警察官に向つて石を投げつけ、二回目に投石せんとするのを目撃し、公務執行妨害の現行犯として追跡逮捕したというのである。しかしながら、同証言によれば、投石は二〇米も離れた所から行なわれ、しかもその警察官に当つたかどうかも判然とせず、投石をうけた警察官も横を向いていたため、その事実には気付いておらず、ただ投げたのを見たことは確かであるというに過ぎないのである。しかも当時は学生集団がゲバ棒を線路からホームに上げ後続列車に積み込まんとし、これを阻止せんとする警察官との間に乱闘を生じ騒然としている際であり、ホーム上より線路上を眺めていたというような悠暢な場合ではなく、恐らくこれを目撃したという警察官も突嗟に目に入つたということであろうから、被告人の行動を十分監視していたとは云い切れず、目撃証人の前示供述のみで被告人の投石行為を確定するにはやや不十分という外はないのである。当時右の如き乱闘によりホーム上および線路上は乱れ、劣勢の警察官は、多数の学生に攻撃されて重軽傷者が十数名も出る始末であり、被告人は当時検察官の釈明にもある如く、これら学生集団の公務執行妨害に加担して共同行動に出るべく投石したというのではなく、被告人の投石行為は被告人ひとりの単独犯行というのであるから、被告人は何のために投石したかも判然としていない有様である。もつとも、被告人の行動にも疑問の点が残る。それは被告人自身が何等の犯行もないのに警察官から追跡され逃げ出したことである。ただこの疑問は、被告人の供述によると、前日伊東市において自分が学生集団の傍にいたため暴行学生と誤認逮捕されたので、必死になつて身の潔白を強調したが聞き入れられず、ついにその周囲の一般民衆が警察官の非を詰つたため、ようやくにして嫌疑が解れ、釈放されたことがあつたので、当日も学生集団の中にいたことから、又逮捕されるのでないかと驚き無意識に逃げ出したというのであつて、被告人のこの供述も無下には排斥し得ないのである。以上の諸事情より考察すると、被告人に幾分の疑いの余地は存するものの、未だ右事実を認定する証拠が十分とは云えない。よつて刑事訴訟法第三三六条後段の犯罪の証明不十分として無罪の言渡をした次第である。

二、被告人春谷正雄に対する無罪の理由について。同被告人に対する公訴事実(起訴状記載の分引用)によれば、被告人は前認定の如く他の有罪被告人と共同して同一行動に出たというのである。よつて当公廷に顕出された全証拠を綜合すると、同被告人は六月九日右有罪被告人らと同一列車に乗り込み、小田原駅で下車したことはこれを認め得るも、途中辻堂駅における行動や、その後の小田原駅に下車するまでの車中の行動は明らかにされていないのである。そこで被告人が他の有罪被告人らと車中において行動したか否かは、小田原駅において警察官に第三号車を包囲された際、同被告人が第三号車内にいたかどうかにかかつて来ることになる。しかるに被告人は、自分は第三号車に乗つておらず、小田原駅では第一号車より降りて包囲警察官の後側にいた際逮捕されたと強調し、一方同被告人を逮捕した二人の警察官のうちその一人は、被告人が第三号車の出口に近い一つ目の窓から飛び降りたのを見て逮捕したと証言し、他の一人は、自分は被告人が窓から飛び降りたのを見ておらず、被告人を逮捕した警察官から身柄を受取つたと述べており、両者の証言には喰い違いがあるのみならず、現場写真によると、被告人が飛び降りたという窓には、その中間に横枠があり、被告人がそこから飛び降りるのは容易でなく、又硝子の叩き割られた破片も附着していることであろうから、尚更窓よりの脱出は困難という外はないのである。むしろ被告人の述べている如く、第三号車以外より降りたとみるのが妥当といえる。もちろん第三号車の出口から出たのを見誤つたのではないかと疑われないこともないが、第三号車の出入口にはすでに警察官が入り込み、そこから出る余裕のなかつたことは明らかである。したがつて被告人は小田原駅到着の際は第三号車以外の車輛にいたと見る外はないのである。以上の事情からすると、被告人は第三号車内において他の被告人と共同して兇器準備集合をしたと認めることは困難である。他に右犯罪事実を認定する証拠は存しない。よつて同被告人に対しても刑事訴訟法第三三六条後段に則り犯罪の証明不十分として無罪の言渡をした次第である。

よつて主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例